骨粗鬆症治療における問題点

高血圧、高脂血症、糖尿病などの多くは通常、症状がありません。しかし、これらは脳卒中や心筋梗塞の原因となることが知られています。このため、症状がなくてもこれらに対する治療は社会に広く受け入れられています。

骨粗鬆症は、高血圧、高脂血症、糖尿病などのようにそれ自体が生命をおびやかす病気ではありません。しかし、骨粗鬆症は骨折の原因となることがわかっています。そして骨折の影響で寝たきりなどの要介護状態になる人は少なくありません。寝たきりになると、生活の質(QOL)は著しく低下してしまいます。

生涯を健康で充実した状態で過ごすためには、血圧やコレステロール値を気にするように骨の状態にも気をかける必要があり、定期的に検診を受けたいものです。

骨粗鬆症は健康寿命を脅かす病気で、高齢化社会の日本では深刻な問題となっています。近年、骨粗鬆症に対する社会的関心が高まりつつありますが、理解はいまだに十分とは言えません。また、骨粗鬆症検診により抽出された要精検者(詳しい検査が必要な方)の受け皿となる医療施設が極めて少ないのが現状です。

特に女性においては閉経後急速に骨量が減少するので、閉経後女性の急速な骨量減少者を早期にスクリーニング(検査)し、骨量のさらなる減少をくい止めることが大切です。さらに骨量がすでに著しく低下している高齢者では、骨量の維持とともに転倒の防止が重要です。高齢者に対しては投薬に伴う治療が必要ですが、骨粗鬆症治療を受けているのは女性の骨粗鬆症患者の2割程度と非常に少ない状態です。また、治療を開始しても1年後に治療が継続出来ているのは約50%と言われています。

製薬会社からは様々な骨粗鬆症治療薬が販売されており、患者さんそれぞれの状態に対して適切な治療が望まれます。しかし、骨粗鬆症診療に対する医療施設間の活動の差や、連携の有無なども問題となっているのが実状です。

そこで、倉敷地区の骨粗鬆症治療への取り組みを積極的に行うために各医療施設がまとまる必要があると考えました。NPO設立によって、倉敷地区の医療機関が協力し、市民の皆さんに骨粗鬆症の正しい情報を提供すると共に適切な治療を提供したいと考えます。

※骨量≒骨密度 骨量と骨密度(BMD)はほぼ同じ意味とご理解下さい(BMD:Bone mineral density)

平均寿命と健康寿命について

日本人の平均寿命(いわゆる寿命)は男性:80.21歳、女性:86.61歳であり、女性の平均寿命は世界第1位です。しかし、健康寿命(元気に自立して過ごせる期間)は男性:71.19歳、女性:74.21歳となります。平均寿命と健康寿命の差は男性:9.02年、女性:12.4年でこの期間は要介護(≒寝たきり)の状態です(平成25年のデータ)。

日本人の平均寿命と健康寿命の比較

寝たきりの原因は様々ですが、男女を合わせると、骨折・転倒は寝たきり原因の第4位となり、12.2%の方が骨折・転倒で寝たきりになっています。しかし、骨粗鬆症は女性に多い疾患です。女性だけに注目してみましょう。

女性の寝たきりの内訳は、認知症:17.6%、骨折・転倒:15.4%、老衰:15.3%、関節疾患:14.1%、脳卒中:12.6%、心臓病:4.5%、その他:20.5%となります。

そして、その骨折の内訳は大腿骨近位部骨折(股関節の骨折)と脊椎椎体骨折(背骨の骨折、一般的に圧迫骨折と言われる)です。これらの骨折は転倒やしりもちなどの軽微な外力によって起こり(軽微な外力で起こる骨折を脆弱性骨折という)、骨が脆くなった骨粗鬆症の高齢者に起こる骨折です。骨粗鬆症を治療することによりこれらの骨折を防ぐ事が出来れば要介護の高齢者を減らすことができると考えています。

寝たきりの原因(男女合計)

骨粗鬆症の定義(骨粗鬆症ってどんな病気?)

骨粗鬆症は全身的に骨折の危険性が増大した状態です。世界保健機関(WHO)の定義では、「骨粗鬆症は、低骨量と骨組織の微細構造の異常を特徴とし、骨の脆弱性が増大し、骨折の危険性が増大する疾患である。」となっています。簡単に言うと「骨強度が低下し、骨折しやすくなる骨の病気」です。

WHOの定義は、疾患としての骨粗鬆症とは骨折を生じるにいたる病的過程であることを明言し、骨折は骨粗鬆症の結果として生じる合併症の1つであるとしています。

骨粗鬆症の種類

骨粗鬆症(≒骨密度が低くなる疾患)は以下のように分類することが出来ます。骨粗鬆症というと一般的には原発性骨粗鬆症を意味します。続発性骨粗鬆症は他の病気や要因が原因になって、骨密度や骨強度が低下した状態です。そのため、続発性骨粗鬆症ではその病気や原因を取り除かないと骨密度は改善しません。骨粗鬆症の治療をしているのに、骨密度がどんどん低下するといった方の中にはこのような続発性骨粗鬆症の方がおられるので注意が必要です。副甲状腺機能亢進症や甲状腺機能亢進症は比較的数が多いので注意が必要ですし、これらの疾患は自覚症状に乏しいこともしばしばです。

  • 日本骨代謝学会雑誌18(3);78.2001より引用改変
  • 原発性骨粗鬆症(一般的に骨粗鬆症とよばれる)
  • 閉経後骨粗鬆症:女性に認められる骨粗鬆症)
  • 男性骨粗鬆症:男性に認められる骨粗鬆症・少ない
  • 特発性骨粗鬆症:妊娠後骨粗鬆症などが含まれます
  • 続発性骨粗鬆症(何かの病気があって骨密度が低下した状態)
  • 内分泌性:ホルモン異常の結果、骨密度が低下します
  • 栄養性:必要な栄養(特にビタミンやカルシウム)が吸収できない状態
  • 薬物:薬の(副)作用で骨の代謝に影響を及ぼします
  • 不動性:動かない・動けない状態、いわゆる運動不足です

骨粗鬆症の有病率:どれくらい骨粗鬆症の患者さんがいるか?

患者数は1280万人(男性300万人、女性980万人)と推定されています。これは一定の地域で調査した結果を、日本の人口に当てはめ、算出した値です。

骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年度版

骨粗鬆症の診断・治療について

骨粗鬆症の診断・治療の手順は、以下のとおりです。

  1. 骨粗鬆症と類似した疾患を除外する。
  2. 骨粗鬆症の原因や危険因子を明らかにする。
  3. 骨粗鬆症の重症度を評価し、骨折のリスクを決定する。
  4. 最適の治療を選択する。

骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年度版

原発性骨粗鬆症の診断基準(2012 年度改訂版)

以下の基準を満たすと骨粗鬆症と診断されます。

低骨量をきたす骨粗鬆症以外の疾患または続発性骨粗鬆症を認めず、骨評価の結果が下記の条件を満たす場合、原発性骨粗鬆症と診断します。

Ⅰ.脆弱性骨折あり
1. 椎体骨折または大腿骨近位部骨折あり
2. その他の脆弱性骨折があり、骨密度がYAM の80%未満
Ⅱ.脆弱性骨折なし
骨密度がYAM の70%以下

※ YAM:若年成人平均値(腰椎では20〜44歳、大腿骨近位部では20〜29歳)

骨密度が正常でも、椎体骨折(圧迫骨折)と大腿骨近位部骨折(頚部骨折もしくは転子部骨折)と診断を受けたことがある人は骨粗鬆症と診断されます。

橈骨遠位端骨折や上腕骨頚部骨折と診断を受けたことがある人は骨密度が%YAMで80%未満ならば骨粗鬆症と診断されます。

高齢者で%YAMが80%以上の方は非常に少ないので、大まかにですが、脊椎圧迫骨折、大腿骨頚部骨折、大腿骨転子部骨折、橈骨遠位端骨折、上腕骨頚部骨折と診断を受けた人は骨折の治療と共に骨粗鬆症の治療が必要とご理解ください。

しかし、骨粗鬆症でなくても骨折を起こす人がいます。そのような人に対しても骨折を出来るだけ予防する必要があります。このため骨粗鬆症の診断基準を満たさなくても、骨折の危険性があると判断される人は下記の条件に照らし合わせて治療を開始します。診断基準とは別に治療開始基準を設定しています。

原発性骨粗鬆症の薬物治療開始基準

原発性骨粗鬆症の薬物治療開始基準注釈

  • #1: 軽微な外力によって発生した非外傷性骨折。軽微な外力とは、立った姿勢からの転倒か、それ以下の外力をさす。
  • #2: 形態椎体骨折のうち、3分の2は無症候性であることに留意するとともに、鑑別診断の観点からも脊椎エックス線像を確認することが望ましい。
  • #3: その他の脆弱性骨折:軽微な外力によって発生した非外傷性骨折で、骨折部位は肋骨、骨盤(恥骨、坐骨、仙骨を含む)、上腕骨近位部、橈骨遠位端、下腿骨。
  • #4: 骨密度は原則として腰椎または大腿骨近位部骨密度とする。また、複数部位で測定した場合にはより低い%値またはSD値を採用することとする。腰椎においてはL1~L4またはL2~L4を基準値とする。ただし、高齢者において、脊椎変形などのために腰椎骨密度の測定が困難な場合には大腿骨近位部骨密度とする。大腿骨近位部骨密度には頚部またはtotal hip(total proximal femur)を用いる。これらの測定が困難な場合は橈骨、第二中手骨の骨密度とするが、この場合は%のみ使用する。
  • #5: 75歳未満で適用する。また、50歳代を中心とする世代においては、より低いカットオフ値を用いた場合でも、現行の診断基準に基づいて薬物治療が推奨される集団を部分的にしかカバーしないなどの限界も明らかになっている。
  • #6: この薬物治療開始基準は原発性骨粗鬆症に関するものであるため、FRAXRの項目のうち糖質コルチコイド、関節リウマチ、続発性骨粗鬆症にあてはまる者には適用されない。すなわち、これらの項目がすべて「なし」である症例に限って適用される。

骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年度版

すなわち%YAMが80%未満の方は、ご両親のどちらかが大腿骨頚部骨折もしくは転子部骨折で治療を受けたことがある場合は治療対象となります。また、FRAXで将来10年の間に骨折を起こす可能性が15%以上の人も治療対象となります。

FRAX(fracture risk assessment tool)

FRAXとは、WHO(世界保健機関)が開発し、2008年2月に発表した骨折リスク評価法です。この評価法は40歳以上の方が対象です。インターネット上で利用可能で、12の質問(骨密度は不明であれば空欄でも可)に答えると今後10年内に骨折するリスクの確率が自動算出されます。算出された確率が15%以上の場合、骨粗鬆症治療開始が推奨されます。